アチバロからエルラシディアへ

Barrage Al-Hassan Addakhi(アルハッサンダム) アルハッサンアルダキルは、現在のモロッコ王室であるアラウィード王朝の創設者であるシャリフイブンアリの祖父でした。彼は13世紀の終わりにタフィラルトの住民によってヒジャーズのヤンブーの町からモロッコに連れて行かれ、アブ・イブラヒム・アル・オマリの要請で彼らのイマームになったと信じられている。彼らは、彼がムハンマドの子孫であったので、彼の存在が彼のバラカ(神の存在またはカリスマ性の感覚を意味)のおかげで彼らのナツメヤシ作物を改善するのに役立つことを望んでいた。

16時半ぐらい

ドライバーと

 


住居の跡

そのアップ

エルラシディアの街を見下ろす

 

A

スタンド(Afriquia)が見えてきた。ここでで休憩



16:40



 右からカフワ(qahwa アラビア語でカフェインの意)、

カフワ・メハルサ(Quafwa Mefarsa ミルクを少し入れたもの)

カファノスノス(NossNoss、コーヒーミルク半分半分

 カフワ・ラ・ハラブ(ミルク多め)


ミントティ


雑貨店の店内

   
ガソリンスタンドとカフェ

 

砂漠の入口の街の
エルラシディアに入る。17:00


 


1月の平均気温は9℃、7、8月は31℃。降水量は年127㎜

空港もある(カサブランカ間1日1往復)

2006年と2007年のパリダカのコースにもなった




モロッコ東部の都市でズィズ川沿いのオアシスに位置する。旧称はクサールエッスークという。このまちは古くからサハラ砂漠を結ぶ交易の拠点として知られる。1975年に国王ハッサン2世の息子ムーレイ=ラシードにちなんで改称された。

在モロッコ日本大使館のWebによるとエルラシディアはモロッコで最貧コミューンを多く抱える地域の一つであるとされる。わが国は伝統的灌漑施設(ハッターラ)の修復・整備案件を多く実施。モロッコ政府に同分野のわが国の国際貢献が認知され、プロジェクトの継続を期待。ハッターラは砂漠化防止の使命も有する。