オテル・ド・サンス庭園(Jardin de l'Hôtel de Sens)

 

マレ地区の最古の邸宅。1622年まではパリ司教区を管轄下においていたサンス大司教の公館、1689年から1743年まで、この館はリヨン駅馬車会社の所有物となった。現在はフォルネー図書館になっている。芸術ではアートや装飾、産業技術では手工業の専門知識に関する蔵書などの専門図書館。尖塔は20世紀に入って後から付け加えられたもの。

 

 

 

フィリップ・オーギュストの城壁(enceinte de philippe auguste)

パリは7人の支配者によって城壁が作られてきた。この中世の壁は最も古くから知られており、最も痕跡を残している。街を取り囲む

高さ15mの77本の半円筒形の塔に囲まれたこの石壁は、12世紀の終わり頃 、第3の十字軍への王の出発前に建てられた。 ケープ王朝の

第7代国王であるフィリップアウグストゥスは、イギリスのプランタネット王朝との闘いに従事し彼の不在の間に起こりうる攻撃から

首都を保護するために、全長約5100メートルの壁を築き、域内は253ヘクタールに広がる。

奥のセントポール寺院の運動場の端にある

左の円柱はモンゴメリーの塔の跡

右端がもう一つの塔の跡

左の写真の塔の基部にあるプレート

ここが壁の中の最長保存部分で約60メートル。

 

 

 

シャルルマーニュの泉水(Fontaine du Lycée Charlemagne)

 噴水の上にはANNEE M.DCCC.XLとありM:1000+D:500+CCC:100×3+L:50-X:10=1840年建造を示す

サンポール・サンルイ教会(Paroisse Saint-Paul Saint-Louis)の裏の壁にある。

 

プレヴォ通り(Rue du Prévôt)

 13世紀以来の中世の細道。名前はプレヴォホテルと呼ばれる古い私邸の近所に由来。シャルルマーニュの泉水から西に100mのとこにある。

通路の中に向けて傾斜にして雨水を流す仕組みになっている

路地の途中のやや広くなっているところ

路地を抜けると地下鉄1号線のサン・ポール駅出てきた

Le Village Saint-Paul(De l'antiquite au design)

7世紀、630年に、ダゴベルトのサン=エロイ大臣とグランド・アージェンティアは、イル=ド=ラ=シテにサン=マルティアールに捧げられた女性修道院を設立し300人の修道女が住んだ。635年、彼らは右岸の湿地帯の端にSaint-Paul-de-Tebaïde専用の教会を建てた。城壁Philippe Auguste(1190-1209)の建設後、Village Saint-Paulは壁の外側に作られた。1360年に居住地としてチャールズ5世によって選ばれ、サンポールは1361年から1559年までフランス王の教区だった。現在ではアンティークショップやアートギャラリーが集まる。

20以上の骨董品店、フリーマーケット、デザイン、土器、磁器の修復、そしてカーペットやその他の宝石の修復など約15人のクリエイターが集まっている。