Le Soufflot(スフロットカフェ)

 通りの名のついたカフェ。2019年2月にブラタモリで休憩したところ。タモリはエスプレッソ

 を飲みながら、「これがビールなら最高なんだけどな」とつぶやいた。  

 

パンテオン(Panthéon)

 聖ジュヌヴィエーヴの丘に位置し、幅110メートル、奥行き84メートルのギリシア十字の平面に大ドームとコリント式の円柱を持つ

 古典主義建築。18世紀後半に、サント=ジュヌヴィエーヴ教会として建設され、後にフランスの偉人たちを祀る霊廟となった。パン

 テオンはギリシア語で、日本語では万神殿と訳される。

 パリの守護聖人、聖ジュヌヴィエーヴに献堂するため、1755年に教会堂の建築設計競技が行われ、ジャック・ジェルメン・スフロが

 ばれた。スフロは、ジャン・ロドルフ・ペロネと共に、ゴシック教会の構造を徹底的に解析し、石材の強度試験を行って、石造構造

 の軽快さ、洗練性を求めた。ドームの構造はロンドンのセント・ポール大聖堂や、パリの廃兵院(アンバリッド)を参考にした。

 1755年に建設が始まり、1778年ドームを支える主ピアに亀裂が見つかり、強度不足を指摘されたことからスフロの死(1780)後、外壁に

 開けられた開口部は塞がれてしまった。1792年竣工。

 フランス革命期の国民議会によってフランスの偉人たちを祀る墓所として利用されることが決定された(1791年)。その後、ナポレオ

 ン及びナポレオン3世の時代以降、教会堂として使用された期間もあるが、1885年以降、三度偉人の墓所となり現在に至っている。

 ギリシャ建築の純粋性を表現した初期新古典主義建築の傑作とされ、特に『建築試論』を著したマルク・アントワーヌ・ロジエは、

 この建築物を「完全なる建築のモデルでありフランス建築の真の傑作」と賞賛した。

 フーコーの振り子の実験が行われた場所でもあり、現在も天井からつるされた振り子が1日の時を刻むよう展示されている。

Dubois(ドゥボワ)

 1861年にMerlin et Denisと呼ばれるオリジナルの店は近くのRue deMédicisで塗料を制作し販売。1919年に現在の

 所有者の祖父が店を購入し、Rue Soufflotに移転し業務を拡大、その後数十年の間に名前をデュボアボザールに変更

 彼の息子にそしてその後彼の孫に受け継がれた。しかし2018年1月20日に閉店。

訪れた時には在庫処分かモンブランの万年筆が200ユーロぐらいで売っていた。

となりの絵葉書屋のPapeterie Latine(パペトゥリー・ラティン)

 

 

鼻が大きすぎて愛されないと信じている才人貴族の物語「シラノ・ド・ベルジュラック」を書いたエドモン・ウジェーヌ・アレクシ・ロスタン(Edmond Eugène Alexis Rostand)の名がついた広場、パンテオンの西200mにある