La-Vaissellerie(ラ・ヴェッセルリー)

 パリに6店舗を構える食器とキッチン雑貨の専門店。

 

通りの前から南方向。モンパルナスタワーが見える

Pomme de Pain(ポム・ド・パン)

 サンドウィッチのファストフード店。ここでお昼。

Milk on the Rocks

2005年12月に開店、翌年ニューヨークで開店。

ニューヨークのロックオンザミルクの創設者兼芸術監督であるJulie Kangは、ランバンでのプレタポルテ、

クロード・モンタナ用アクセサリー、バルメインでのメンズウェア、コンバース用のユニフォームなど、15年以上の

多様なデザインとファッションの経験を持つ。パリに住むキャノンはポップカルチャーの影響を集めたコレクション

を制作。

 

 

 

 

Bisazza

 1956年、北イタリアのアルテ・ヴィチェンザで創立。室内外の装飾に用いるガラス製モザイクタイルの業界をリードするメーカー。

 

6区区役所

 Defence d'afficher loi du 29 juillet 1881 と書かれているは、1881年7月29日法により、張り紙禁止 という意。

 

下の噴水から見た区役所

サン=シュルピス教会(Église Saint-Sulpice)

 1646年にルイ13世の王妃であるアンヌ・ドートリッシュの命により建築が開始される。ルーブル美術館ヴェルサイユ宮殿を設計

 したルイ・ル・ヴォーを中心として設計が行われるが、工事は何度も中断。1745年に完成するが、1762年には火災、1770年には落

 雷により正面が破損するなど完成は困難を極め、最終的にはエトワール凱旋門の設計に関わったシャルグランの手によって修復された。

 ブリュメールのクーデターが起こる3日前にナポレオンの栄誉を祝う祝宴が700人を集めここで挙行された。

 1999年から普仏戦争で被害を受けた北塔の修復工事が行われ、2011年に修復が完了した。

 

手前はルイ・ヴィスコンティ作の「四人の枢機卿の噴水」。

噴水各面の中に座っている人物は、ボシュエ・フェヌロン・フレシエ・マシヨン の4人で、いずれもルイ14世の時代に活躍

 

右がパウロ
 
聖パウロは12使徒の一人だが、厳密に言うと使徒ではない。だから、最後の晩餐のときに彼の姿は見えない。それもそのはず、彼はイエス処刑時、ユダヤの立法を重んじるパリサイ派に属しイエスたちを迫害する側にあったから。そんな彼が更なる迫害に手を貸そうとダマスカスに向かう途中、処刑された筈のイエスが光となって現れるとその奇跡に心打たれ、もっとも激烈なキリスト教徒となる。激しい気性を表しているのか、罰を下すしるしとして剣を、使徒たちの中で唯一の知識人で福音書を著したしるしとして書か巻物を持つ。
皇帝ネロの時、ローマで殉教する。

左は聖ペテロ像。
いつも手に鍵を持つ。この鍵はイエスの信頼が最も厚いしるしとして、主から預かった天国の門の鍵。生前の行いによっては、彼は門を開けることを拒否する。彼は皇帝ネロの時に殉教する。その時、イエスと同様に十字架に掛けられそうになり、主と同じではもったいない、と言って、逆さ十字に掛けられた。カトリックは彼を初代教皇とし、総本山を彼の殉教の地、ローマにおいた(サン・ピエトロ大聖堂)。聖ペテロは、フランス語で Saint Pierre 、pierre とはフランス語で「石」のこと。これは、12使徒の一人、一徹者のシモンをイエスが「岩(ペテロ)」と名付けたことによる(シモンという名の弟子が二人いたので)


ダ・ヴィンチ・コードから

《キー・ストーンはローズ・ラインの下に隠されている。サン・シュルピス教会のオベリスクの根もとに。・・・オベリスクに向かってひとつずつ叩く。ついにそのうちの一枚が奇妙な音を立てた。この下は空洞になっている!》こうしてシラスは、この台座の根元を鉄製の燭台で叩き割り、一枚の石板を手に入れる。そこには《ヨブ 38 11》と書かれていた。ヨブ記38章11節を開くと「ここまでは来てもよいが越えてはならない」とある。シラスは、己が手にかけた者たちにだまされたことを知り、愕然とする。

SIP Paris 7e. Service des Impôts des Particuliers(第7個人向税務署)

 噴水の南隣にある