モンサンミッシェル その3 城壁から中へ

 


スノードーム 5.5ユーロ-11.9ユーロ

グロテスクは36ユーロ

再び要塞を通って。要塞は下の地図の右端の出っ張り

要塞から修道院を見上げる

要塞を振り返る。

奥の島はIslote de Tombelaineトンブレーヌ島
大きさは250mx150m、高さは45

北塔(Tour de Nord) 下の地図の⑪。

fraternite's monastiques de jerusalem(エルサレムの修道友愛会)
offices monastiques a l'abbaye  修道院での修道院の礼拝
laudes(礼拝) 6H50 sauf lundi(月曜を除く)
messe(ミサ) 12h00
vepres(昨夜の祈り) 18h20 sauf dimanche(日曜) et lundi(月曜)
tous les jeudis,adoretion du saint sacrement de 20h30 a minuit
(毎週木曜日、午後8時30分から真夜中まで聖餐の礼拝)

北塔から要塞を振り返る

かなり潮が引いて来た

北塔の内部

中下にJardins de la Croix de Jérusalem エルサレムの十字架庭園の十字架が見える。

奥が入口。この階段は外側大階段(Gran Degre)といわれる。全部で360段。奥の門は護衛の門。門の奥が教会入口で下の地図の⑫

テラスはエルサレムの十字架公園(下の地図⑬)のもの。

La Merveille ラ・メルヴェイユ
ラ・メルヴェイユ・デュ・モン・サン・ミッシェル
ゴシック様式の修道院で1211年から1228年の間に建てられた。
食堂、地下室、写字室などいくつかの部屋がある。「ラ・メルヴェイユ」は「驚異」の意で由来は次のとおり。
1204年にフランスのフィリップ2世がノルマンディーを再征服した後に建てられた。
国王の指揮下にあるブルターニュ軍がモン・サン・ミッシェルに火を放ち大きな被害があり、国王の資金で再建が行われた。ロジャー2世の建物に代わる新しい修道院はその美しさから「驚異」と呼ばれた。

当初の計画は、3階建ての建物を3つ建て、キリスト教で重要な役割を果たす9つのセクション(3x3)に分割された正方形の象徴的な図形にしたいと考えた。この図形はヨハネの黙示録に各側に3つの門がある正方形の都市としてエルサレムが描かれることによる。
13 世紀半ばに ベネディクト会が衰退し、フランシスコ会やドミニコ会などの托鉢修道会が台頭したため資金を集めることが出来ず最終的に3つの建物のうち2つだけが建てらた。
東側の3階建が最初に建てられ一番下には施し物の間があり、当地を訪れる貧しい巡礼者たちがここで受け入れられた。2階はゲストルームで高位の人物や裕福な人物がここで迎えられました。最上階には修道士専用の食堂があり、全体として中世の社会を象徴している
中央の建物も3階建で 1階にはパントリーがあり、その上に写字室がある。最上階には、ベネディクト会修道士の生活の重要な部分である祈りと瞑想のための部屋があった。この構造の背後には物質的なもの(パントリー)、知的なもの(写字室)、精神的なもの(祈りと瞑想)がある

とんがり屋根は北望塔。上の地図の⑫の上の角


中奥の建物は学校。上の地図の⑭。その奥が歴史博物館、同⑮

北側


南方向を望む。右端あたりが大駐車場
チケットありは左、無は右。13:40


モン・サン・ミッシェルは岩山で地下水は無く、雨水を水槽に貯め配水していた

石造りのアーチ状の橋(15世紀)


内側大階段 この下あたりから急勾配の90段の階段が聖堂まで続く
 

木とスレート瓦でできた橋(16世紀)

1階
左上からsalle de l'aquiolon(アクイオンのホール) 
     N.D.sous-terre(ND地下)
     anc.hotellerie (古い宿泊所)
中上から Cellier(地下室) Aumonerie(牧師) Rocher(岩)
右上からchatelet(城塞) Le Gouffre(深淵)
    Salle des gardes(警備室) Belle-Chaise(美しい椅子)
        Tour Perrine(ペリーヌの塔) Grand Degre(大階段)
     logis abbatiaux(修道院の住居)

2階
左上から Promenoir des moines(修道士の散歩)
     Galerie Nord-sud(南北ギャラリー)
     N.D.sous-terre(ND地下) citerne(タンク)
     Infirmerie de R.de Torigni(デトリニ診療所)
      Ch.St-Etienne(サンティエンヌ城)
中上から Salle des Chevaliers(騎士の間) salle des Hotes(客間)
         Porche(ポーチ) Ch.Ste-Madeliene(マドリアンヌ城)
     Ch.des Trente Cierges(30個のキャンドル)
     Crypte des gros-pillers(大略奪者の墓所)
     Ch.st-Martin(聖マーチン)
     Ossuaire(納骨堂) Grand Degue(大階段)
         Appartements de L'abbe(ロベール・デ・トリニ修道院長の
                部屋)
     Bailliverie(保釈?) Logis abbatiaux(修道院の住居) 
右上から chatelet(城塞) Officialite(宗教裁判所)
     Belle-Chaise(美しい椅子)
         Tour Perrine(ペリーヌの塔)         

3階
上からChapitre jamais construit(予定のみ)
   Chartrier(古文書保存室) les 3 arches(3つのアーチ)
     Cloitre(回廊) Refectoire(食堂) Cuisine(台所)
      Chemin de ronde(歩道) Transept nord(北翼廊)
      Eglise(教会) Chour gothic(合唱席)
   Transept sud(南翼廊) Grand Degue(大階段)
右上から chatelet(城塞)
     Belle-Chaise(美しい椅子)
       Tour Perrine(ペリーヌの塔)
     Logis abbatiaux(修道院の住居)         

教会の十字の頭部分。3階はChour gothic(合唱席)、2階は Crypte des gros-pillers(大略奪者の墓所)
グロテスクが見える
  

修道院の住居から教会への通路として使われている

Ch.st-Martin(聖マーチン)の入口。上の間取り図の中の中下。

左が教会、右がAppartements de L'abbe(ロベール・デ・トリニ修道院長の                部屋)、その上はlogis abbatiaux(修道院の住居) 。



モン・サン・ミッシェルは岩山の上に建てられているため、元々あった岩山の一部が露出している。教会の1階は間取り図のとおり岩が大半を占める。

こちらは屋根つきの通路

こちらの蛇口の紋章の方が模様がはっきりしている。


Ch.st-Martin(聖マーチン) 上の3つの間取り図の中の中下

尖塔は十字の形の教会の真ん中部分にある