鞍掛峠・石榑峠

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日付 |
スタート |
天候 |
区間 |
距離 |
時間 |
時速 |
Cad |
Av HR |
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9/22 |
9:15 |
fine |
宇賀渓駐車場→R360・365分岐 |
16.20km |
35'03 |
27.7km/h |
67 |
144 |
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R360・365分岐→鞍掛峠 |
6.34km |
30'33 |
12.4km/h |
64 |
153 |
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鞍掛峠→筒井峠 |
27.60km |
1:12'47 |
22.7km/h |
61 |
141 |
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筒井峠→宇賀渓駐車場 |
37.70km |
1:47'25 |
21.0km/h |
51 |
143 |
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total |
87.84km |
4:05'49 |
21.4km/h |
58 |
155 |
初のミニ遠征。


R306は交通量多く、トラックも多い R365とR306の分岐

鞍掛峠の登りは舗装もきれいで休憩場所を探しているうちに到着
鞍掛トンネルを下ったところにある洞門

犬上ダム、ここまでの登りも距離短い 同行のT氏
管理人

筒井峠近くにある惟喬親王陵
【惟喬親王】
惟喬親王は、承和11(844)年、文徳天皇の第一皇子として生まれたが、時の太政大臣・藤原良房は
自分の孫である惟仁親王を皇位につかせようとしたため、都落ちを余儀なくされた。
放浪の末、やっと深山幽谷の小椋谷にたどりついた親王は、そのとき、ようやく15歳。この地に木が
豊富にあることから、ろくろを使った椀や膳、盆の制作を思いつき、民業の開発に力を注いだと伝え
られ、その後、ろくろ業の神として崇められるようになった。
木を求め、全国各地を渡り歩いた木地師(きじし)は、東北をはじめ、各地に根付いて、コケシや椀な
ど、その土地の伝統産業を生み出した。この地は、全国の木地師にとっての故郷でもあり、いまも多
くの木地師が惟喬親王を詣でにやってくる。
また、惟喬親王は『伊勢物語』で「むかしおとこ」として語られる主人公 在原業平が 心からお仕えし
ていた方として登場している。
写楽の書いた惟喬親王
この後、R421を東へ曲がるところを西に曲がり、永源寺ダムへ片道7.2km、往復14.2kmのロス


R421の登りの最初にある京の水

石榑峠、県境までの4kmが曲者。 止まっている車は竜ヶ岳登山者のもの

三重県側からコンクリートブロックを見る 伊勢湾方面を見る
あとは宇賀渓まで下る。峠から2kmぐらいは舗装がコンクリートでかなり劣化して走りづらい。