外灘(Bund 夜の外灘はこちら)

  バンドとはそもそも人工の土手や堤防を意味する。イギリス統治下のインドで、港岸

 のウォーターフロント地域がバンドと呼ばれていたが、上海の外灘地域も同様な地

 形であることからここもバンドと呼ばれるようになった。

 1842 年の南京条約により開港を余儀なくされた上海は、欧米列強が進出した際、

 外国人が自由に貿易ができる区域を設定。かつてはバンドと呼ばれた外灘(ワイタ

 ン)の歴史が始まる。現在の外灘は黄浦江沿岸、北端の黄浦公園から十六舗フェ

 リーターミナル付近までの中山東路沿いを指す。このあたりには 1920 年代に列強

 が競って建てた美しい建築物が残っている。

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 外灘1号の建物                 外灘3号の建物 

  

 

  下水道の工事中で川沿いの遊歩道に行くのに500mくらい迂回した。 

  

  

 雨雲が低く、対岸の浦東地区の高層ビルの上の方は見えなかった。

 

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