熊谷

 

  熊谷の位置はここ。東京と軽井沢の中間。

  

 あさまでGO。あさまは8両編成でうち自由席4両、     45分で到着。日本一暑いところだけに、当日は涼し

 グリーン1両で指定席の車両少ない。            かったがミスト噴射していた 

  熊谷駅周辺マップ

  

    

 余裕を持ってきたので、星渓園へ             

 

  湧き水なのできれい 

 元和9年(1623年)荒川の洪水で、当園の西方にあった堤が切

れて池ができ、清らかな水がわき出るようになったので「玉の池」

と呼ばれるようになりました。慶応年間から明治初年にかけて、

熊谷市の発展に数々の功績を残した竹井澹如翁が、ここに別邸

を設け「玉の池」を中心に木や竹を植え、名石を集めて回遊式庭

園をつくりました。明治17年(1884年)に昭憲皇太后がお立ち寄り

になり、大正10年(1921年)には秩父宮がお泊まりになるなど、皇

族や政界人などが訪れました。

 昭和25年(1950年)熊谷市が譲り受け、翌年「星渓園」と名づけ、

昭和29年(1954年)に市の名勝として市の文化財になりました。

平成2年から4年にかけて、建物と庭園の整備がなされ、建物は

数寄屋感覚を取り入れ、復元されました。

 園内には、星渓寮、松風庵、積翠閣の3つの建物があり、お茶会

などの日本的文化教養の場として、利用することができます。

    

 お昼は熊谷名物の「フライ」。星渓園に行く途中で見かけた小山食堂へ。

  

 この席で食べました。蘭栽培はなかなかのもの      これが「フライ」

 

フライは小麦粉を使った食べ物で、野菜や肉などをまぜた熊谷地域の庶民的な名物料理。

「お好み焼き」よりも手軽な感覚で食べられ、まぜる具も地域によって若干の差がある。いつ、どこで作られるようになったのかは不明

 フライは、その昔、駄菓子屋などで作られ、庶民のおやつとして売られていた。今で言うファーストフード的存在で、子どもから大人まで食べられ、現在でも多くの人々に愛されている。

 お好み焼きとクレープの中間の食べ物と形容される。油で揚げない。小麦粉を鉄板の上で薄く伸ばし、豚肉・長ネギなどの材料を載せて焼く。その一方で、お好み焼き必須のキャベツは入らない。その昔、焼くときに、フライパンを用いたため「フライ」と呼んでいた。軽食やおやつ感覚の食べ物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  熊谷はラグビータウンとしても知られてます。駅前のモニュメント