唐人屋敷

元禄4年(1691)9月、土神の石殿を建立したいという唐船の船頭たちの願いが許され創立。その後、火事で焼失し
数度にわたり華僑たちによって改修、保存に努めてきたが昭和25年(1950)に老朽解体され、石殿だけが残ってい
た。現在の建物は昭和52年(1977)に長崎市が復元工事を行ったもの。

元文元年(1736)に南京地方の人々が航海安全を祈願し、天上聖母を祀ったのがその起源。寛政2年(1790)修復。
「長崎名勝図絵」によれば、門外左右の旗竿に、天后聖母の字が書かれた紅旗をあげ、風にひるがえっていた。現
在の建物は明治39年(1906)全国の華僑の寄付で建てられ、関帝も併祀しており、別名関帝堂とも呼ばれている。


九州猫6号



観音堂の前に自民党の西岡武夫の自宅が






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