石垣島一周 その1
離島ターミナルから時計と反対周りに西南から
|
右にお社が見えてきた。 |
真乙姥御嶽(マイツバーオン)近くに真乙姥井戸(マイツバカー)もある |
道沿いは背の低い松並木が多い |
|
竹富島が見える |
ズームすると港も見える |
唐人墓 |
|
1852年、中国アモイからカリフォルニア州へ航行中のアメリカの奴隷貿易船、ロバート・バウン号内で、400人の中国人を裸にし、辮髪を切り落とし、CやPの焼き鏝を胸に押し当て、売り物にならない病気持ちは海に突き落として鮫に喰わせたところ、中国人は暴動を起こした。そして米国人船長と船員を殺して船を操縦したが、2月19日に石垣島の崎枝村沖合で座礁し380人が上陸。事情を知らない八重山の役人たちは崎枝村の赤崎に収容所を設けた後、監視しやすい富崎に移して収容。その後、イギリス船2隻が石垣島に来航し3月16日に富崎の収容所を砲撃し、さらに武装した兵士200人以上が上陸して逃走した苦力を射殺・捕縛し見せしめにその場で百人近くを吊るし3月23日に出航。捕縛を免れた中国人は琉球王国に保護されたが、収容所の衛生は悪く、翌年9月29日に中国に送還された生存者は172名で、この間に病死、自殺、あるいは行方不明になった者は128名に上った。 | ||
|
|
|
ドル建になっている |
|
観音崎灯台 |
名蔵アンパル。名蔵川河口の干潟、マングローブ林でラムサール条約にも指定されている。地元では単にアンパルと呼ばれ、漢字では網張。 |
真栄里マニカという賊を捕らえるため、名蔵川周囲を村民総出で網を張るがごとく包囲したことに由来。 |
|
|
石垣御神崎(おがんざき)灯台 |
昭和27年12月8日、この岬の沖合で那覇から石垣へ航行していた八重山丸(40トン)が季節風により遭難し、死者行方不明者35人を数える大惨事があり、昭和58年3月に建設された
|
|
南側。サンゴ礁が広がる |
遭難の慰霊碑が見える |
|
|
岬の周辺はダイビングスポット |
|
|
|
|
川平湾にある高嶺醸造所。いつでも見学可 |
原料のタイ米 |
|
| ||
|
| ||
|
| ||
|
麹床がここ。奥にタイ米が積んである |
発酵中 |
真ん中で発酵しているもろみが見える |
|
左の筒がウマ |
醸造所の前はグラスボート乗り場 |
対岸から醸造所方向 |