鎌倉から大船、七里ヶ浜から葉山へ

 湘南国際マラソンの会場の大磯ロングビーチへ大船で車を停めて電車で大磯まで。大磯からは専用の送迎バスに乗った。大船に戻って娘夫婦と別れ葉山へ。


右は段葛 (だんかずら)。 鶴岡八幡宮の参道の若宮大路のなかで、二の鳥居から鶴岡八幡宮までの車道より一段高い歩道。 段葛の方向は正確に南北ではなく、東へ約27度ずれていて、その線は鶴岡八幡宮から北方向へ伸ばすと、頼朝が何回も戦勝祈願・感謝を捧げた江戸・浅草寺へ達する

一の鳥居。奥に鶴岡八幡宮の山門が見える

建長寺の入口。建長寺は執権北条時頼が、宋から蘭渓道隆を招き創建。奥の建物は鎌倉学園中高校。前身は建長寺が1886年に設立した師弟のための教育施設

右奥の林が円覚寺の入口

右中に踏み切りが見える

左が円覚寺への参道

円覚寺入口の向いにある北鎌倉駅。左に鳩サブレーの豊島屋がある。

大船観音。昭和4年4月14日に身長100尺の起工するも地盤が弱く見送られ、昭和35年に今の姿で完成。

湘南モノレール。1970年開業。
腰越あたり。腰越の名前は次の3説がある。江ノ島縁起(1047年)深沢地区にある湖に5つの頭を持つ悪竜がが住んでいて、村里に出ては子供を喰らうため、村人たちが泣く泣く住み慣れた土地を離れて他に移ったことにより、このあたりを「子死越」「子死恋」の字を充て、いつしか「腰越」に転訛。 風土記稿(1804-1829年)腰越の地形が、北方の小山(腰越山)が高く、南に低くて肥沃な土地が広がっていたため、人々が山の中腹(=腰)を超えるようにして移ってきたために名付けられた、その他:腰越の辺りは遠浅の海であったため。干潮の時には荷物を背負って渡ることができたので「背負越場」と呼ばれ、さらには「背負腰」で越えていく、という意味から「腰越」というようになった。
腰越駅

浜に出る。七里ヶ浜の西の端。

鎌倉高校駅

 

真ん中あたりがスラムダンクゆかりの地として現在も聖地巡礼の観光客で賑わう鎌倉高校駅前踏切



ほぼ同じアングルのストリートビュー。トラックの会社が同じ吉田運送。

トライアングル 七里ヶ浜。2021年12月に出来た

イタリアンレストラン  アマルフィの入口。高台にあり景色が素晴らしい。

TEDDY'S BIGGER BURGER。21年連続ハワイBESTバーガー賞受賞
Weekend House Alley。 「世界一の朝食」と称されるシドニー発のレストラン「bills(ビルズ)」の日本一号店がある。

奥の切通が稲村ケ崎。左の白い建物は3rd HOUSE Inamuragasaki 。西棟は20万円、東棟は10万円。

材木座、坂ノ下。帰投を待つウインドサーフィン部部員。

腰ぐらいの波が立っていた。

材木座の東の端

材木座と逗子の間。ビーチハウス surfers

青い建物はココナッツ・ボーイ

青いセイルは練習用のもの。レッスンの受講生多し。

手前の写真のアップ。沢山のボードとセイルが並ぶ

逗子から葉山に入るところにある渚橋から富士山

葉山マリーナと45Rの案内板。45Rはこちら

葉山港の突堤から

江の島と富士山

早稲田、慶応、明治の生徒が片付け中

早稲田の艇庫。ヨットのカバーは早稲田カラー

葉山から逗子ICの途中で。ビーサンのげんべい長柄店

横須賀本店のマーロウ。1984年創業。レストランのデザートから始まったビーカープリンが有名。隣のイグアボイスは土建屋。