カサ・ミラ。ガウディが54歳の時に設計、1910年から2年かけ実業家のペレ・ミラとその妻ルゼー・セギモンの邸宅兼、集合住宅として建設された。
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建設当時のバルセロナ市民はカサ・ミラを醜悪な建物と考え、「石切場(ラ・ペドレラ)」というニックネームをつけたが、1984年にユネスコの世界遺産に登録。
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施主ペレ・ミラは名高い繊維業者の父を持ち、叔父はバルセロナ市長を務める名家出身。また、その妻ロゼ・セジモンは22歳年上の前夫の膨大な遺産を引き継いだ未亡人。当時のバルセロナでは「目立つ家」が富豪のステイタスで巨額な費用を投じガウディにカサ・ミラの建築を委ねた。
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悲劇の一週間(1909年7月25日から8月2日まで続いた、スペイン軍とカタルーニャの労働者たちが衝突した事件。モロッコとの戦争で徴兵を開始、ただし富裕層は6000レアルで免除したことが原因)で
ガウディはこの建築から離れている。
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バルコニーの屋根の黒い網状のものは採光を考えてのもの
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カサ・ミラは、カサ・バトリョの2軒分以上の敷地面積があり、地下から屋根裏部屋まで8フロアー、当時バルセロナ初となる地下駐車場を備え合計の窓数は150、建築費に至ってはカサ・バトリョの10倍にも達した。ただし、この欄干はくず鉄で作られている。
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バルセロナ郊外のエル・ガラフで取れる石灰岩を使っている
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Casa de les Punxes。 尖った塔が6本ある事から尖った家と呼ばれている。集合住宅で中は見れないそうです。
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