龍山寺

正しくは艋舺龍山寺 艋舺とは万華の古名で、龍山寺は台北市で最も古い寺廟。台湾を最早期に開拓した漢人たちが、開墾の安全を祈願するために福建省泉州の晋江、南安、恵安の三地の祖神を合祀して1738年に設立。同年台北北部で疫病が流行し、病魔を追い払うために、福建省晋江県安海龍山寺の観世音菩薩を分霊して祀るようになったのが龍山寺の始まりといわれている。現地の民間信仰の中心であるだけでなく、議事、訴訟、試験などの祈願をするため台湾全土から参拝客がある。 最初期の龍山寺は精緻な彫刻の施された雄大な建築であったとされるが、1815年に地震により倒壊、再建される。1867年には台風により再び倒壊、修復されている。大正8年(1919年)にシロアリ被害により建造物が被害を受けるが、当時の住職である福智大師が率先して寄付を行い、寺院の改築に成功した。 第二次世界大戦時(1945年)、空襲により中殿が全損する。当時の住民は中殿にある菩薩像の蓮台の下に隠れて空襲を避けていたが、奇跡的に蓮台は残り、空襲による死者は出なかった。住民はこれにより観世音菩薩への信仰を更に篤くしたという。1955年に再建された龍山寺は現在も艋舺住民の精神的支えとして日々参拝に訪れる人が絶えない。

MRT淡水信義線士林駅前
士林駅北300mにあるGomanMango、店の裏だった。

表に回って入るとマンゴはシーズン外でイチゴのかき氷ならあるとのこと
士林駅
プラットフォームで
士林駅の次の剣潭駅前の台北演劇センター

右上の写真の左下端のアップ
基隆河を渡る
橋を渡ったすぐの車窓から、ベランダに木を植えている
剣潭駅の次の円山駅前のフィギュア。緑が太鼓、奥のオレンジがベース、ピンクがボーカル、青がギター、青の前に見えないが紫のキーボードがいる
MRTはドイツのシーメンス製
入口ところの握り棒は四角くなっている
中山駅で板南線(ブルーライン)に乗り換え、写真はその車両
龍山寺駅で下車
龍山寺駅前にある萬華区役所
区役所の北向いが龍山寺。狛犬、阿吽の形ではない
奥に本堂がある
龍山寺に入る前に胡椒餅屋へ
50分待ちで代金を払うと楕円形のプラスチックの札をくれる
この中の側面に豚まんみたいなのを貼り付けて焼く
龍山寺駅前
龍山寺入口
山門

本堂前東の滝
入口で線香を買う
山門で線香に火をつける
火を点ける台
お供え物
香台
山門を中から
本堂の東南の建物
おみくじ売り場
本堂横の提灯
本堂へのお供えもの
奥右は学問の神様「文昌帝君」学業と試験の神様。台湾の受験シーズンの5~6月になると、たくさんの受験生やその保護者が神様に名前と住所、生年月日を告げ、願い事をし、神様の前にある「准考證影本放置處」に受験票のコピーを投函する。
シーズンオフで准考證影本放置處の箱は見当たらない
水仙尊王 もともと別の水仙宮で祀られていた神様が1908年に廟が壊されたために龍山寺に遷されたもの。媽祖の右に祀られている
天上聖母、いわゆる媽祖。道教廟に祀られるときは主に天上聖母という神名が掲げられている。台湾には媽祖廟が500から600座ある。左の赤い像は順風耳。媽祖に必ず付き従う二神の1つでもう一つは千里眼。2つはもともとは人間の兄弟で、戦争でなくなった後に悪鬼となり、桃花山という山で暴れまわっていた。28歳で神様になった媽祖が通りかかり、順風耳と千里眼は媽祖をナンパし、嫁になれと迫ったが媽祖の女神パワーでコテンパンにされ媽祖の配下となった。   

安産の神様「註生娘娘」 子宝と安産、そして子どもの成長を守る。特に子宝のご利益が有名で、出産後のお礼参りで送られた蘭の花がずらりと並んでいる。
三体の註生娘娘は、それぞれ雲霄、碧霄、瓊霄の三霄娘娘という女神とされていまる。下には2神が見える。彼女たちは『封神演義』で通天教主の弟子にされ、台湾でも財神として信仰される趙公明の妹だという設定が付与された。三女神は太上老君と戦って破れ、三つの魂が一つとなって應隨世仙姑正神に封じられた。そして、彼女たちが使った法宝「混元金鬥」が人を育てる力を持つところから安産の神とされ、それが註生娘娘と習合した結果、三体になった。
恋愛の神様「月老神君」良縁を司る。ここで“正しく”願い事をすると、神様から「運命の赤い糸」がもらえ、財布に入れて身につけておくと御利益がある。 
これが月老神君

関聖帝君、実在の武将・関雲長が神格化したもの。関羽の神格化は道教よりも中国仏教が先で唐代に記された『続高僧伝』に天台宗の開祖・天台智者(わが国では智顗として知られる)が山東に玉泉寺を建てようとして、玉泉山で座禅をしていると、関羽の子・関平の霊が現れ、寺の建設を助けるとともに護持を願い出たとか、関羽の霊が智者大師に授戒を受けて護法を願ったとかいう話があり、天台宗では関羽を伽藍を守る伽藍菩薩として祀った。
 
これが関帝
左から月老神君、関聖帝君、三官大帝
左から十二婆者、池頭夫人、註生娘娘、媽祖、水仙尊王 艋舺龍山寺の本尊の観世音菩薩。この寺を建てた福建からの移民が福州龍山寺から分霊を受けた
観世音菩薩の隣にある文殊菩薩。その右隣の立像は護法神「韋駄菩薩」。韋駄天のことで伽藍の守り神。本来韋駄天は菩薩よりも立場が低い天部の神だが、台湾では菩薩と呼ばれている
本尊左の十八羅漢。その左は写っていないが関羽の立像がある
慈暉遠蔭 1884年、清仏戦争でフランス軍が基隆市を占拠したときに、当時の名士たちが義勇軍を組織し龍山寺の公印を受けて時の大臣劉銘傳に共闘を直訴。清国軍は義勇軍と協力しフランス軍の撃退に成功し、当時の皇帝からこの「慈暉遠蔭」の額を贈られた。観世音菩薩の慈愛と輝きがはるか遠くまで覆いつくしていることを意味する 
慧眼とは仏教の経典の5つの目の肉眼、天の目、知恵の目、法の目、仏の目のうちの知恵の目
本殿前方の左右に配された一対の「銅雕龍柱」1920年代の作品で、台湾では石製の柱が一般的だが、これは台湾唯一の銅製の龍柱
本堂東側
本堂東南端
右上の石の柱の彫刻
山門西の池
ちゃんと浮き輪があった
鯉が泳いでいる