龍山寺から慈聖宮へ
大稲埕慈聖宮は媽祖や天后と呼ばれる航海の守護神、天上聖母を祀ったもの。法主宮・霞海城隍廟と合わせて大稲埕三大廟と並び称される。正門の対聯には「第一門開観音山拱秀、数千艇聚奎府水流輝(大門を開ければ観音山の美しい風景が取り囲んでいる。奎府の船着き場には数千艇が集まり、水面は輝いている)」とあり、古今の慈聖宮の変遷が分かる。同治5年(1866年)の創建時には、慈聖宮はもともと現在の西寧北路と民生西路の交差地点に建設されていたの。廟の目の前には大陸との貿易を担った特別港の「対渡口岸」があり、南北に流れる淡水河岸を見渡すことができた。八里区の観音山も慈聖宮の右前方に横たわっていました。ところが1910年、日本の総督府により市区の改正が行われ、廟は取り壊された。そこで、地元の同安人たちが資金を集め、延平北路の現在地に再建した。もともとの梁柱と石材を利用して1914年に落成した廟は、昔の姿を今に伝えている。
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龍山寺から華西街の珍果というフルーツパーラーへ行く途中。子供もちゃんとヘルメットしてる |
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ベトナム以来の4人乗り |
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仏具屋多し |
消防署、わが国と同じ119 |
珍果に着いたが休み |
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珍果の前から華西街夜市の入口が見える |
華西街観光夜市。入口両脇に魯肉飯的故郷とある |
しかしマッサージ店多し |
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龍山寺前に戻ってきた。加賀屋の立派な看板があった |
オブジェ |
胡椒餅を受け取り |
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中は豚まん |
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龍山寺から慈聖宮へはタクシー。5㎞10分ぐらい。 |
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龍山寺駅前の内山公路でタクシーを拾ってタクシー。5㎞10分ぐらい |
タクシーを降りて慈聖宮まで歩く |
駐在所の前にあった警察のスクーター |
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奥の緑が慈聖宮 |
入口 |
入口の両脇に屋台が並ぶ |
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いろんなガイドブックにディープな台湾を体験出来るとあるので寄ってみた。 |
麺類を食べていなかったので許仔猪脚面線で総合麺線と乾麺線を注文 |
一所懸命作ってるおじさん |
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屋台の奥に各店共通のテーブルがあり空いているところに座る |
バケツ一杯の豚足を仕込み中 |
総合麺線は豚骨煮込みで麺無、乾麺線は汁無でニンニクの味が濃い |
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ビールをショットグラスほどの小さなコップで飲んでいた。 |
こちらも小さなグラスで飲んでいた。 |
阿蘭大鼎魩仔魚蛋炒飯、炒飯盛り付け中 |
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大稲埕慈聖宮天上聖母 |
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お堂の中 |
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一つ一つの仏像に灯りがともっている |
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本堂の前のガジュマルの木の下の青空食堂 |
良く賑わっていた。 |
なんとも台湾チックなヘルメット |
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乾物の店が並ぶ |
お菓子の卸屋さん |
大量のニンニク |
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大稻埕公園 |
台湾版二宮金次郎? |
この地の開拓を進めた住民が、水田に空き地を作って、刈り取った稲籾を干し、その大きな空き地を「大稲埕」と呼んだ。ここからこの辺で扱う商品を積み出した。 |