萩の宿、港町
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萩の宿 常茂恵に宿泊 「萩には中央からの客人をもてなす宿泊施設がない」貴族院議員の 滝口明城、後に第26代総理大臣となる田中義一、近代日本画家松林 桂月、実業家で後の衆議院議員・久原房之助ら郷土の名士が、厚東 常吉に相談したのがきっかけで大正14年11月3日創業。 常吉は、名前の一文字「常」に「共に栄え繁り、恵みがあるように」 との願いを込めて「常茂恵」と命名した。 昭和38年に昭和天皇が国体で利用。 |
泊まった部屋。下の配置図の右上 |
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先付と前菜 左がゴマ豆腐、真ん中がサーモン寿司、田楽、左が柿の白和え |
椀変り 松茸と鱧、海老の土瓶蒸し |
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造里 鯛と鮪と鯖 |
焚物 豚の長芋ソース |
焼物 鰤 |
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強肴(しいざかな) しゃぶしゃぶ |
水菓子はアップルパイとピスタチオアイス |
中庭。廊下に椅子があり、ゆっくり見れるようにしている |
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レンタサイクルを取りに市街の東北端の浜崎町を歩く。このあたりは浜崎重要伝統的建造物群保存地区になっている。7時すぎ |
左に藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納した御船倉がある。 慶長13年(1608)萩城築城後まもなく建てられ、奥行き27メートル、間口8.8メートル。 両側と奥に玄武岩で壁を築き、上部に瓦屋根を葺き、前面には木製扉を有する。 |
左の写真の立ち位置から反対側の松本川沿いにならぶ船 |
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玉江石油の貯蔵庫 | |
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TRICYCLE 旅館から650mのところにある浜崎のスポットに2台あったが受信器の充電不足で使えず。1.2㎞離れた別のスポットへ。 |
TRICYCLEは ネットで契約して無人で貸し出すシステム。料金体系は次の2つ ①のんびり観光プラン 1日(12時間)1,980円 半日(4時間)1,320円 ②お手軽日常プラン 毎回1時間無料 1時間超過後15分110円(税込) 月額500円(税別)の登録制 |
右端の建物が藤井家母屋。浜崎のスポットの東3軒目 |
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二階の造りが立派な民家。右上の写真の左奥の角を曲がったところにある。 |
住吉神社の鳥居。藤井家主屋から南東に200m |
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右端に神社の屋根が見える。手前の建物は社務所 |
神社の南西50mぐらいのところにある萩ハレルヤキリスト教会 |
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中島治平旧宅跡 中島治平は、1823(文政6)年、萩藩の朝鮮通詞中島正貞の長男に生まれた。 1856(安政3)年、長崎に留学し、語学、理化学、冶金(やきん)学を学んだ。また、コレラの予防法を伝えたため士籍に列せられた。 萩に帰ったあと、藩主に製鉄、綿羊の飼育、製茶、ガラスや兵糧パンなどの製造の必要性を説き、1860(万延元)年、萩の南園にガラス製造所を設けた。 1861(文久元)年には萩城内で、長崎で購入した蒸気機関車の模型(萩博物館に現存)を走行させている。 1866(慶応2)年、萩藩が西洋の科学技術の研究のため設立した舎密(せいみ)局の総裁になったが同年12月28日この地で病死した。享年44歳。 |
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スーパーキヌヤのスポットに到着。他のレンタサイクルは8時からしかやっていないので少しでも早く借りたかったがここに着いたのが7時半前。 |
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宿に戻って朝食 |
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泊まった玫瑰(はまなす)の部屋 |
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部屋から見た庭 |
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