東京建物見学 名古屋発8:12発のぞみ296号で2泊3日の旅
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富士川鉄橋 |
雪のない富士山 |
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高輪ゲートウェイシティ複合棟ニⅡ(左)Ⅰ(右)(仮称) 「100 年先の心豊かなくらしのための実験場」を構築 |
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![]() 文化創造棟は出来れば話題になりそう | |
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赤い車両はサンライズ出雲・瀬戸 |
汐留は線路の西より東の高層ビルが有名。 |
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中奥は虎ノ門ヒルズレジデンシャルタワー 2022年1月の竣工時は日本一高い(215.25m54階547戸)タワマンだった。 右は虎ノ門ヒルズ森タワー52階255.5m 2023/7現在都内で3番目に高い。地下部分を通る環状第二号線「築地虎ノ門トンネル」と同時に建設された。道路の上下空間に建物を建設する立体道路制度を活用した都内初のプロジェクト。 47-52階はハイアット系のアンダーズ東京が入る。スカイスイート210㎡で1泊100万円 |
有楽町の読売会館。明日ここで小遊三と昇太の落語を見る。 左の見るは新有楽町ビルヂング 1965年2月竣工。開館当初はモルガン、メロン、ドレスナーなど外資系金融機関が沢山入っていた |
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左からJPタワー、KITTE、丸の内ビル、新丸ビル、三菱UFJ信託銀行本店ビル、その手前は日本生命丸の内ビル、その右の少し低いビルは新丸の内センタービル、その右のもひとつ低いのは丸の内オアゾ、その奥は交通公社ビルディング。 |
東京駅 9:51 到着 |
丸の内線で本郷三丁目まで、歩いてホテルに荷物を預けに行く。 奥は東京ドーム |
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S.RIDEをよく見た。ソニーグループ株式会社が保有するAIとIT技術を活用して開発したタクシー配車用アプリ。国際自動車、チェッカーキャブなどが入っている。 |
事前予約していた川窪万年筆店へペリカンの流量調整に。3代目の主人に見てもらったところ、書く面が平らになっていて研磨してもらう。3000円(基本料)+1500円(研磨料)+TAX |
川窪万年筆店から徒歩650m→地下鉄三田線千石駅→神保町駅→地下鉄新宿線に乗換→小川町駅→徒歩220mで神田「まつや本店」 ここで奥さんと次女と合流して昼食 |
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まつや本店の中から |
救世軍(The Salvation Army)日本本営 キリスト教プロテスタントの一派。世界133の国と地域で伝道事業、社会福祉事業、教育事業、医療事業を推進。 軍隊を模した組織が特徴で、クリスマスを中心とした年末に行われる募金活動「社会鍋」で有名。 わが国では1895年(明治28年)に伝来、日本福音同盟に加盟。 「The Salvation Army」を「救世軍」に翻訳したのは尾崎行雄. 「小隊」と称する分教会を各地に持つ 社会鍋は知っていたが本営が神保町にあるのは知らなかった。 下の地図の神保超駅南の「さくら通り」の「通り」の上あたり |
山本歯科医院。三代続く歯医者。国の有形文化財 文化庁の解説によると 靖国裏通り沿いに北面して建つ,木造3階建,切妻造,金属板葺の診療所兼住宅。入口付近等に改造が認められるが,全体に創建時の様子を良く残す。関東大震災復興期における看板建築の遺構で,軒蛇腹,看板,菱形装飾などによる正面の外観意匠に特徴がある。 電柱に神田やぶそばの案内が見える。 下の地図の右上のセブン神田万世橋南店の神田の下あたり |
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靖国裏通りのたたずまい |
万世橋1912階段 1912(明治45)年の駅開業時に造られた階段。1936(昭和11)年の鉄道博物館(後の交通博物館)時代には、ホームから博物館に直接入館できる特別来館口として利用されていた。 |
階段に飾られた当時のポスター |
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階段を振り返る |
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2013プラットホーム 旧万世橋駅の開業時に作られたホーム部分を整備し、デッキとしてよみがえらせた。 ホームではガラスに囲まれた展望デッキとなっていて中央線がすぐ両脇を行き交う。 |
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ホームの下はこんな感じ。mAAch e cute(マーチエキュート)神田万世橋という商業施設になっている。ここはJAPAN ART BRIDGEというアート施設になっている |
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中央の建物は千代田区万世橋出張所・区民会館 |
万世橋駅のジオラマ |
近くを流れる神田川に架かる「万世橋」にちなみ、万世橋駅が開業したのは1912年(明治45年)。東京から甲府を経由して名古屋を結ぶ中央本線のターミナル駅として、上野駅、新橋駅と並ぶ東京を代表する駅でした。鮮やかな2階建ての赤レンガ造りの初代駅舎は、東京駅丸の内駅舎の設計者である辰野金吾(1864-1919)と葛西万司(1863-1942)によるもの。聞くところでは、台湾の総統府や台湾大学医学院付属医院、紅楼劇場(西門紅楼)なども辰野金吾のスタイルを受け継ぐものだそうで、当時の駅舎の写真や絵葉書を見ると、私にとってはどこか懐かしさを覚えます。 東京駅(1914年[大正3年]開業)より先に建てられ、東京市電(路面電車)の乗り換えターミナルとしても大いににぎわった万世橋駅は、1919年(大正8年)に中央本線が東京駅まで延伸すると徐々に寂れていきました。乗降客数減少により、1943年(昭和18年)に駅の営業は中止。まだ駅が営業していた1936年(昭和11年)には旧鉄道博物館(のちに交通博物館に改称)が設置され、70年もの長きにわたり人々に愛されましたが、2006年にその役目を終えました。 |
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神田郵便局 |
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JR神田万世橋ビル |
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手前からDratewka(ドラフテカ 靴磨き) JAPAN ART BRIDGE プラチナフィッシュ(レストラン) JAPAN ART BRIDGE 左がmAAch e cute(マーチエキュート)神田万世橋 右がJR神田万世橋ビル |
手前から JAPAN ART BRIDGE たかの(ラーメン) 駿河屋賀兵衛(創作海鮮バル) JAPAN ART BRIDGE |
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