築地本願寺と東京ドーム
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築地本願寺。西本願寺派。当初は1617年に浅草近くに創建されたが、1657年の「明暦の大火」で焼失。再建のため江戸幕府から与えられた土地は海上で、海を埋め立てて土地を築き本堂を建立。それが「築地」の名称の由来。1923年に関東大震災で再度本堂を焼失。1934年に再建し現在に至る。 現在の本堂は、東京帝国大学名誉教授の伊東忠太博士が設計。建築研究のためアジア各国を旅した博士と、時を同じく、仏教伝来ルートを明らかにするために探検隊を結成し、シルクロードを旅した大谷光瑞(当時の浄土真宗本願寺派門主)との出会いが縁となっている。 |
夜はすしざんまい本店で。市場が豊洲になって築地は少し寂しくなった。 |
東京ドームホテル 竣工年:2000年 高さ:43階 建築主:東京ドーム 設計:丹下健三・都市・建築設計研究所 施工:清水建設など 東京ドームシティ内にある高さ155mの超高層ホテル。 客室数は1006室で9階~38階(956室)が「ゲストルーム」、 39階~41階(50室)がハイグレードタイプ「エクセレンシィフロア」になっている |
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東京ドーム 竣工年:1985年 高さ56.19m 地上6階 地下2階 設計:竹中工務店 日建設計 施工:竹中工務店 建築面積:46,755㎡ 空気膜構造屋根を持つメトロドームをモデルに設計された。屋根の |
地下鉄
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地下鉄の車内にも降り口の表示がされるようになった |
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都営三田線で水道橋から大手町へ |
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行幸通りの地下通路 |
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新丸ビル |
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丸ビル |
丸の内-八重洲の通路のグランスタ地下北口あたりのコインロッカーに荷物を預ける |
山手線で目黒駅まで。緑が東京都庭園美術館。まだ開いてなかったので東隣の国立科学博物館 自然教育園へ |
国立科学博物館附属 自然教育園
園内は「旧白金御料地遺跡」として埋蔵文化財包蔵地でもあり、有史以来この地に人が住んでいたことが園内より縄文土器や弥生土器・近世の遺物が発見された。
室町時代の頃、この地には白金長者(柳下上総介)と呼ばれる豪族が居館(白金長者屋敷)を構えたと伝えられ、その遺構とされる土塁が園内にみられる。
その後、江戸時代には高松藩主松平頼重の下屋敷として用いられた。明治時代に入ると陸海軍の火薬庫として使用され、一般人の立ち入りが禁止された。
1917年(大正6年)に陸軍から宮内省帝室林野局に委譲され、白金御料地となった。戦時中は田畑、防空壕が掘られるなど荒廃が進んだ。戦後、以前から隣接する国立教育研修所が演習林として利用していた
経緯などから文部省に移管。1949年(昭和24年)に全域が「旧白金御料地」として天然記念物および史跡に指定され、同時に「国立自然教育園」として一般公開された。
1962年(昭和37年)に国立科学博物館附属自然教育園となった。
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全長17cm。ホオジロとほぼ同大のホオジロの仲間。オスは全体が暗い灰色、メスは褐色で、メスオスとも背・翼に黒褐色の模様がある。「ピーフィー ツー チョチー」などとアオジのさえずりにも似た声でうたいます。地鳴きはアオジより低めの「ジッ」。冬期は暗い林にすんでいて、主に地上で草の種子を食べる。 |
全長16cm。スズメよりちょっと大きい小鳥。頭は暗緑色で、目の周りは黒色。背は暗褐色で、胸・腹は緑がかった黄色。さえずりは高い声だが、ゆっくりとした調子。 山地の明るい林や低木林などの環境で繁殖し、冬には低木の生えた草地、薮、葦原、林などにすみ、主に地上で草の種子を食べる。 |
全長15cm。オスは頭が銀白色、顔は黒色、腹は赤茶色。メスは体が灰色味のある茶色。翼に白斑がある。名前のジョウは「尉」で銀髪のこと。ヒタキは「火焚」で、火打石をたたく音に似た音を出すことからジョウビタキ。翼にある白い斑点をキモノの紋に見たてて、モンツキドリという地方がある。 |
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全長24cm。広々とした背の低い草地に住む。古くは跳馬と呼ばれ、地面をはねるようにとんでエサをとる格好からつけられた。カスミ網猟をしていた地方では食用にする。わが国ではさえずりをせず、それでツグミと呼ばれるようになった。 |
全長21cm。頭から肩、背にかけて、雄の夏羽では黒色、雄の冬羽と雌では灰色。 腹部は白色で、胸部に黒くなるのが特徴的である。胸部の黒の面積は雄の方が雌より大きい。 顔は白く、黒い過眼線が入る。嘴と脚は黒。尾羽は長めで、セグロセキレイやキセキレイと同様、尾羽を上下に振る姿が特徴的である。 波を描くように飛翔する。 |
全長16.5cm。全体は赤味のある褐色で、背には黒色の縦斑がある。オスの顔は白と黒の模様で眉斑と頬線は白色で、襟は灰色。メスは顔に黒色はほとんどない。地鳴きは「チチッチチッ」と二声を出す。アオジをはじめとするホオジロの仲間は、いずれも「チッ」といった一声なので区別は容易。さえずりは高い場所で胸を張った姿勢で行う。シジュウカラの頬が大きく白いので、それをホオジロと間違える人も多い。 |
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全長13.5cm。全身黄色味のある褐色で尾は魚尾型をしている。飛翔時の翼の黄色帯は鮮やかでよく目立つ。「キリコロロキリキリコロコロ ビィーン」などと聞こえる声でさえずる。食べ物は草の種子が主。繁殖後は草地の広い、河原でみられることが多く、この名がある。 |
全長11.5cm。特徴は、目のまわりの白いフチドリ)。からだのあざやかな黄緑色から、ウグイスと間違える人もいる。ウグイスは藪の中にいて、なかなか姿を見せないが、メジロは椿などの花の蜜が好きで、よく目の前にあらわれる。さえずりも、ウグイスよりも長く複雑。 |
全長18.5cm。全身茶色系の色彩で、くちばしは短かめで太く、尾の短い鳥。このくちばしで堅い木の実、草の実を割って食べる。夏鳥ではくちばしが灰色になり、冬鳥では肉色。平地の林の中に、1羽、または小さな群れでいる。肥満型で小鳥の感じがせず、エサ台などでは他の鳥を追いはらって独占する。 |
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全長15cm。日本で一番小さなキツツキ。背はこげ茶色に白い点模様が沢山ある。オスは耳羽の上あたりに赤色羽があるが小さい。握力の有る両足と尾との三点確保で、垂直な木の幹を上り下りする。「ギイーギイー」と聞こえる声。冬には木の幹に巣食う虫を捕らえるために穴をあけ、春夏は木の葉につく虫を食べていることが多い。 |
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左上から右下に アオスジアゲハ、キタキチョウ、ムラサキシジミ、ツマグロヒョウモン、ヤマトシジミ、シジュウカラ、メジロ アゲハ、モンシロチョウ、コミスジ、アカボシゴマダラ、クロアゲハ、カワセミ、ヒヨドリ カラスアゲハ、シオカラトンボ、オオシオカラトンボ、ショウジョウトンボ、コシアキトンボ、チョウトンボ、アジアイトトンボ コバキボウシ、ヤブラン、キツネノカミソリ、ウバユリ、ギンヤンマ、ミンミンゼミ、クマバチ スマトラノオ、ハクソカズラ、ミズヒキ、ミソハギ、ナカコガネグモ、クサガメ、ニホンカナヘビ |
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大正時代の文献によれば、かつてはモミ、スギ、マツといった針葉樹が林を形成していた。しかし、明治神宮造営のための大規模な移植や、近接道路からの大気汚染などから針葉樹は激減してしまい、現在は落葉広葉樹が主体の森となっている |
路傍植物園 |
路傍植物園の脇にある土塁 |
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ヒヨドリ |
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上の地図のBあたり |
黒松の案内板 高松松平家 水戸徳川家の庶流の武家・華族だった家。水戸藩初代徳川頼房の子松平頼重を家祖とし、江戸時代には親藩大名の讃岐国高松藩主家として続き、維新後には華族の伯爵家に列した。 |
松平頼重は水戸藩主徳川頼房の長男として生まれたが、その当時父の兄である尾張藩主徳川義直と紀州藩主徳川頼宣に男子がなかったため、公にされず家臣によって養育された。そのため水戸藩は次男の徳川光圀が継ぐことになった。 頼重は寛永16年(1639年)に常陸国下館藩5万石に封じられ、ついで寛永19年(1642年)に7万石が加増されて讃岐国高松藩12万石に転封された。 頼重は弟の光圀と嗣子を交換し、光圀の長男頼常を養子として高松藩を継がせた。 以降高松藩は廃藩置県まで続いた。 江戸城での伺候席は彦根井伊家・会津松平家と共に代々の黒書院溜之間であった。溜之間は最も将軍の執務空間である「奥」に近く、将軍の政治顧問を務める家の伺候席であった。 最後の藩主松平頼聰は、明治元年(1868年)1月の鳥羽・伏見の戦いで旧幕府方について朝敵となったが、家老を処分し、頼聰も謹慎して恭順の意を示し、4月15日に官位に復することが許され、明治2年(1869)6月17日に高松藩知事に任じられ、明治4年(1871)7月14日の廃藩置県まで務めた。 明治2年(1869年)6月17日の行政官達で公家と大名家が統合され華族制度が出来、高松松平家も大名として華族に列した。明治17年(1884)7月7日の華族令の施行で華族が五爵制になると、頼聰が伯爵に叙せられた。高松松平伯爵家は大富豪華族で明治31年(1898年)時の高額所得者ランキングに第10位にランクインし、旧武家華族で同家より上位は前田家・島津家・毛利家・紀州徳川家の4家のみだった。 |
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江戸時代初期に芝・増上寺の土地だったが、その後、高松藩主の松平讃岐守の下屋敷になった。初代高松藩主の頼重はこの下屋敷をいたく気に入り、江戸に来た際はほとんどをこの下屋敷で過ごしていた。ちなみに上屋敷は政治・経済・外交活動の本拠地、中屋敷は隠居した藩主、先代の未亡人、当主の子女の住居、下屋敷は別荘で火災時の避難場所としていた。ちなみに上屋敷は大隈公園。 下屋敷は水道橋にもあった。頼重と光圀は兄弟 |
ひょうたん池 |
水生植物園 |
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森の小道を |
右側が武蔵野植物園 |
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湿地 |
水生植物園に戻る |
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ヤブミョウガ |
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毒成分はリコリン |
やぶまおは右奥の緑色のつぶつぶ。白いのはヤブミョウガ |
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写真の白いのはヤブミョウガ。ハグロソウの花は薄紅紫で2枚の苞(ほう)のうち、大きい1枚は卵形で、長さ1.3-2cm、幅0.7-1.3cm、小さい1枚は卵状長楕円形で、長さ1-1.5cm、幅4-8mm、 |
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